ビジネスわかったランド (ビジネスマナー)

つい、使ってしまう、ちょっとおかしな表現

デジタルな会話

質問されたら、その真意をくむ努力も必要

「鈴木さんは大阪出身だったっけ?」

違います
佐藤さんが鈴木さんに話しかけたところ、それに対する鈴木さんの返答はただ一言、「違います」。何らかの言葉が続くだろうと待っていた佐藤さんは、話の接ぎ穂を失って、呆然としてしまいます。

たとえ鈴木さんに悪気がなかったとしても、「答えはノー。はい、終わり」という木で鼻をくくったような応答は、相手を失望させます。佐藤さんは鈴木さんに対して、イエスかノーで答えるクイズを出題したわけではありません。出身地について、または大阪という町について、もしくはお互いの子供時代について、鈴木さんと話し合ってみたいと思ったから、このように話しかけてみたのです。

「いいえ、違います。京都なんですよ。大学から東京です。佐藤さんは?」と聞き返したり、「誰にも言ってなかったんですけど、わかりますか。えっ、アクセントで? 自分じゃ完璧な標準語を話してるつもりだったんだけどなあ」などと答えたりすれば、話がはずんだことと思います。

このような、「はい、そうです」「いいえ、違います」とだけ答える、会話におけるデジタル化現象は、聞き手が相手の思いを全くくみ取らないことから生じています。相手はコミュニケーションを図って友好的な関係を築きたいと望んでいるのであって、○×式の答えを要求しているのではないのです。

もちろん、親しく言葉を交わしたいからというだけでなく、たとえば、純粋に仕事に関するやりとりの場面でも、同じことが言えます。

上司に「X社への見積もりはまだやってないのか?」と聞かれて、「やりました」で終わる部下。「デジタル派」の部下は、上司の言わんとすることを理解していません。理解しようとしていません。理解しなければいけないということに気づいていません。

上司は、まずは質問の言葉どおり、部下が見積もりをしたかしていないかを知ろうとしています。知らないから、尋ねています。なぜ知らないのかというと、その件に関してこれまでに報告や連絡が一切きていないからです。

このイエス・ノークエスチョンを発することで、上司は部下に、きちんと報告や連絡をするようにと促しているのです。見積もりがすでに済んでいるとしても、「ただ今、生産部の承認待ちです」「田中課長にチェックしていただいていますので、明日の朝にはX社にお持ちできます」といった状況を伝えることが肝要なのです。

「やってないのか?」という問いに「やりました」とだけ答えて平然としているのは、小学生なら許されても、社会人としては困ります。日本語のコミュニケーションができていないことになります。これは、程度の差こそあれ、どの国のどの言語でも同じことでしょう。

実は、デジタル的返答は「あなたとはこれ以上話したくない」という強烈なメッセージともなりうるのですが、部下がそんなつもりで答えたとは思えません。○×式の問題しか解いてこなかった結果か、単に想像力の欠如の問題か、あるいはその両方が原因だと思われます。

家族でも友達でもない人と言葉をやりとりするという経験をあまり積んでこなかったのかもしれません。何でも言いたいことが言える相手や、何も言わなくてもわかり合える相手とだけ接して生きていければ楽なのですが、そうもいきません。そうでない相手とのコミュニケーションを円滑に進めるには、やはりある程度の努力が必要です。

その一つが、相手から質問された場合にその真意をくむという努力です。そんな面倒くさいことはしたくないという人もいるでしょうが、面倒なことや無駄に思えることを一切合切排除していると、多角的、複眼的な思考が身につきません。単純思考のまま、もっとひどいと、思考停止のままです。

通信におけるデジタル技術はきわめて便利で優れたものですが、生身の人間同士のコミュニケーションまでデジタル化することはないと私は思っています。

野口 恵子(文教大学非常勤講師)