ビジネスわかったランド (ビジネスマナー)
つい、使ってしまう、ちょっとおかしな表現
「すごすぎる」は純粋な賛辞か
くだけた話し言葉では多少大げさな表現も許される
(1) 独学で検定の1級に合格するなんて、あなたはすごすぎる
(2) ついにあの二人が対戦するのか。見たい! 見たすぎる
(3) 美人すぎる市議
「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」と言います。敬語も使いすぎたらかえって失礼になるのは、「慇懃無礼」という言葉があることからも明らかです。丁寧すぎる言葉づかいをすると、この人は私をバカにしているのではないか、と聞き手に不信を抱かせることがあるのです。(2) ついにあの二人が対戦するのか。見たい! 見たすぎる
(3) 美人すぎる市議
「~すぎる」は、このように、否定的要素を含んだ言葉です。適度に酒を飲むのは健康によいと言われるけれども、飲み過ぎるのは体に悪い、はしゃいでストレス解消するのはかまわないが、はしゃぎすぎははた迷惑、という具合です。
ところが、例に挙げた「~すぎる」を使う人には、こうしたマイナスのイメージはないようです。とりわけ(1)と(2)は、非常に肯定的感情の表れとも受け取れます。話者にしてみれば、(1)は最大級の賛辞で、(2)は強い願望です。(3)の場合は少し異なり、大変美しいと感嘆しているのは間違いないと思いますが、「市議にしては」という但し書きが付くようです。
これらの「~すぎる」は、今のところ、改まった場では使われていません。口頭でも文章でも、そのようなときには語の従来の用法に沿ったものがよしとされるので、「~すぎる」の場合、本来の否定的意味が優先されるのだと思います。
くだけた話し言葉(話し言葉に近い書き言葉を含む)では、多少大げさな表現も許されます。そのため、「非常に~だ」を超えた程度を表したいときに、「~すぎる」が使われるのでしょうが、それでも、「~すぎる」が元々持つ否定的要素が全くなくなってしまったわけではないと私には思われます。
「あなたの作る料理はおいしすぎる」という褒め言葉の裏には、「おいしいから毎日たくさん食べて、私はこんなに太ってしまった」という気持ちが隠されている可能性があります。「あなたは美しすぎる」というのも、「あまりにもまぶしくて、じっと見ることができない。平常心ではいられない。心臓がどきどきする」という心身の不具合を訴えているのかもしれません。
(1)の「すごすぎる」も、自分とは別次元にいる相手を意識しているからこそ出た言葉でしょう。「あなたは私たちとはレベルが違う。あなたはただ者ではない」と言いたいのです。単に「すごい」と言うだけでは、「あなたのあまりのすごさに私は声も出ない」という意味を込めることができないわけです。
(2)の「見たすぎる」は日本語として不自然です。「彼は結婚願望が強すぎたのだ」とは言いますが、「彼は結婚したすぎたのだ」は言えません。それを言うなら、「彼は結婚したくてたまらなかったのだ」です。「ほしすぎる」も「やりたすぎる」も、自分自身でつぶやいたり仲間と話したりするとき以外は使いにくいものです。
(3)の「美人すぎる市議」は、考えてみれば失礼な言い方です。「市議にしておくにはもったいないほどの美人」と言っているわけです。「市議、厳密に言えば女性市議に、美人はいないものだ」という固定観念を持っていることを、話者自ら白状していることになります。「若くて美しい女性は、モデルか女優になるならわかるが、政治家には向いていない」という差別意識です。
そんなこともあって、(3)の使い方はおかしいのではないか、という議論もなされています。一つにはこのような偏見が見え隠れするからでしょう。また、文法的に言えば、「~すぎる」は動詞、形容詞、形容動詞につくものです。従来の用法では、名詞にはつきません。「美人」は名詞ですから、そこに違和感があると考えられます。「人がよすぎる」を「いい人すぎる」「善人すぎる」と言うのは、あくまでも口語なのです。
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