ビジネスわかったランド (ビジネスマナー)

つい、使ってしまう、ちょっとおかしな表現

「~でお願いします」およびそれを短縮した「~で」

助詞の「で」に新しい用法が生まれつつあることに注目する

(1)「何階ですか」

「7階お願いします」

(2)「リクエスト曲は何ですか」

「『メロディーフェア』お願いします」
(1)は、エレベーターに乗り合わせた人の降りる階を尋ね、ボタンを押してあげようという人と、それに答える人とのやりとりです。返答の「お願いします」の前の「で」は、何を意味するのでしょうか。「あ、すいません。7階で」と言う人もいますから、「お願いします」が省略されることはあっても、「で」は残っています。

(2)は、ラジオから流れてきた、スタジオの司会者と聴取者との電話での会話です。やはり「で」が使われています。「A(曲名)をリクエストします」「Aをかけてください」と言いたいなら、「Aをお願いします」と「を」を使えばよさそうですが、「で」になっています。

(1)の場合も、「7階のボタンを押してください」と希望しているのですから、「7階をお願いします」と言ってもいいところですが、「で」です。私はこれを誤用だと思っていますが、なぜこのような現象が生じたのでしょうか。二つの「で」は同じものなので、(1)の例を中心に考えてみます。

「7階でお願いします」ではなく、少数ですが、「7階です。どうもありがとうございます」と言う人もいます。「何階?」と聞かれた子供は、おそらく「7階」と答えるでしょう。「階」を省いて、「7」とだけ言う子もいます。いずれにせよ、「で」はつけません。

子供たちと、一部の大人を除き、多くの人々が「7階で(お願いします)」と言っています。「何階で降りますか」という問いへの答えなら「7階で(降ります)」と言うことができます。「何階まで行きますか」と聞かれた場合は、「7階まで(行きます)」とは言いますが、「7階で」とは言いません。この「で」はほかにどんな場面で使われているのでしょうか。

■謙虚な「で」

「ドレッシングは、和風、中華風、フレンチがございますが」

「じゃあ、和風


「ABCDの中から一つ選んでください。どれにしますか」

「えーっと、B

私はこの「で」を、謙虚な「で」もしくは謙虚さを演出する「で」と名付けてよいのではないかと思っています。謙虚な「で」とは何かというと、へりくだって基準を低く定めて、「これで十分です」「これで結構です」と言うときの「で」です。申し分ない、何も言うことはない、という意味が込められています。

「ごちそうしますよ。何でも好きなものを注文してください」と言われたときに、遠慮して一番安いものを選んだ人が、どのような表現を使うべきか悩むことがあります。「じゃあ、A(一番安い商品の名)でいいです」と言う人もいますが、「Aでいい」というのはおごってくれる相手に対して失礼ではないかという意識も働きます。「Aでいい」は基準を低く定めていますから、妥協しているわけです。本当はもっと高いBがいいのだけれど、悪いからAで我慢する、と暗に言っていることになります。

そこで、「Aでいい」の「いい」を外します。妥協していると思われてはならないからです。そして、依頼するのですから、「お願いします」を加えればよいと考えます。「Aでお願いします」は、「ありがとうございます。私にはAで十分ですので、Aを注文してくださいますか。よろしくお願いします」と言っているつもりなのだと私は思います。
ご連絡は平日の午前9時から午後4時半までの間お願いします
これは工事の案内のチラシに書いてあったのですが、普通、「何時から何時までの間で連絡する」とは言いません。「間に」です。「不明な点がありましたら、お手数ですが、平日の午前9時から午後4時半までの間にご連絡くださるようお願いいたします」と言いたいのだと思いますが、これでは長すぎるのでしょう。ともあれ、「何時から何時までの間で連絡する」は、非常におかしな日本語です。

「~でお願いします」の本来の使い方は次のようなものです。
(ア) もう少し大きい声でお願いします
(イ) 記入はボールペンでお願いします
(ウ) タバコは喫煙所でお願いします
(エ) テーマは「日本語のゆくえ」でお願いします
(オ) スピーチは3分でお願いします
それぞれの「で」は、この助詞が本来持つ用法です。謙虚な「で」でも、謙虚さを演出する「で」でもありません。

(ア)の「で」は動作の行われる状態を表しており、「もう少し大きい声で話してください」と言っています。(イ)は「ボールペンで書いてください」ということですから、手段・用具の「で」。(ウ)は場所の「で」です。(エ)は「日本語のゆくえ」というテーマで話をする、または原稿を書くわけですから、話題の「で」といえます。(オ)は時間・期限の「で」です。「3分間で話してください」「3分でスピーチを終わらせてください」ということです。

助詞の「で」にはほかの用法もありますが、どんなときにも「~でお願いします」が成立するわけではありません。当然のことながら、原因の「で」(強風で電車が止まった)は依頼にはなりえません。元々の「で」の意味が変わることはないのです。

それでも、「~でお願いします」の言い方が耳になじむと、一つひとつの「で」の意味がよくわからなくても、多くの人々が単なる依頼の表現として用いるようになります。それが現在の「7階でお願いします」「『メロディーフェア』でお願いします」「和風でお願いします」「9時から4時半までの間でお願いします」などの、助詞の「で」の本来の用法から外れた表現を生んだのだと私は思います。

野口 恵子(文教大学非常勤講師)