ビジネスわかったランド (ビジネスマナー)

つい、使ってしまう、ちょっとおかしな表現

「~てもらってもいいですか」は新しい「依頼の表現」?

「~てもらってもいいですか」は、許可を求める表現であることに注意する

(1) 窓を閉めてもらってもいいですか
(2) おかけになってお待ちいただいてもよろしいでしょうか

(1)は学生が、(2)は銀行の窓口の人が私に言ったものです。今でこそ私は、話者にとってこれがごく普通の依頼の表現であることを承知していますが、少し前まではそう思わず、かなりの違和感がありました。

(1)は、「私が誰かに窓を閉めてもらうことをあなたは許可してくれるか」の意味であり、許可を求める学生のほかに、もう一人の人物が存在すると信じて疑わなかったのです。許可を受けるのはその学生で、許可を出すのはこの私。そして、窓を閉めるのは、会話の当事者である学生でも私でもない第三者、という認識でした。実を言うと、今でもそう思っています。

(2)に関しては、「おかけになってお待ちください」を意味することはわかりましたが、「立って待っていてはいけない」ととがめられたように感じ、丁重さを装った無礼な言い方に思えたのです。そんなわざとらしい言葉づかいをしなくても、笑顔で、「どうぞおかけになってお待ちください」と言ってくれれば喜んで座るのに、と思ったものです。

そんなわけで、「~てもらってもいいですか」「~ていただいてもよろしいでしょうか」という新しい「依頼の表現」を、私はすぐに受け入れることができませんでした。

日本語に限りませんが、ある場面であることを人に伝える際の表現は、複数あるのが普通です。相手に何かをしてほしいときの言い方として外国人の日本語学習者が最初に習うのは、「~てください」という文型です。

その後、同じく依頼の表現として、「~てくださいますか」「~てくださいませんか」「~ていただけますか」「~ていただけませんか」「~ていただきたいのですが」などの敬意表現を学びます。同時に、親しい相手には、「~てくれる?」とか「~てくれない?」を使うようになります。

これらを身につけておけば、ほぼどんな場面でもどんな相手に対しても依頼することが可能になるので、学習者たちは一生懸命に覚えます。ところが、せっかくの彼らの努力に水を差すかのように、ここ何年かの間に、日本語の教科書に載っていない「依頼の表現」が広く使われるようになってしまったのです。

「~てもらってもいいか」は許可を求める表現

「~てもらってもいいですか」「~ていただいてもよろしいでしょうか」というのは、言うまでもなく、許可を求める表現です。「ちょっと味見させてもらってもいいですか」「こちらで待たせていただいてもよろしいでしょうか」のように、「~て」の部分は話し手の行為を表す動詞の使役形が来るのが従来の形です。相手から許可が下りれば、話者は行動に移すことができます。許可が出なければ、あきらめます。可否の判断を相手に委ねるわけです。

(1)や(2)はこれとは異なり、「~て」の部分の動詞は相手の行為を表します。「窓を閉めてもらってもいいですか」「お待ちいただいてもよろしいでしょうか」では、閉めるのも待つのも相手です。「閉めてください」「お待ちください」という意味のことを言うのに、あたかも自分が何かをするかのような表現が用いられているのです。

ストレートに依頼するのではなく許可を求めるという形をとっているため、直接的な「~てください」より低姿勢な印象を与えるのは確かです。もっとも、話し手が本当に謙虚に相手の許可を得ようとしているのかというと、実はそうではありません。なぜならば、言われたほうに、「ノー」と言う自由が認められていないからです。

「味見させてもらってもいいですか」と尋ねられた人は、「ええ、いいですよ。どうぞ」と承諾することも、「いやあ、それはちょっと」と断ることもできます。許可を求められたのですから当然です。

それに対して、「窓を閉めてもらってもいいですか」と言われた人は、「ええ、いいですよ」と許可を下すわけではありません。「ええ、いいですよ」ではなく、たいてい、「はい」と言って窓を閉めに行きます。話者もそれを当たり前のように思っています。「いやあ、それはちょっと」などと言われることは全く想定していませんし、断られることもまずありません。

私がこんなふうに重箱の隅を楊枝でほじくっても、この「依頼の表現」の人気が衰えることはないでしょう。それでも、外国人学習者が習っているように、日本語にはほかにもさまざまな依頼の表現があるのです。たまにはそれらに目を向けてみてもいいのではないでしょうか。

野口 恵子(文教大学非常勤講師)