ビジネスわかったランド (経営・社長)

医食同源

おおいに注目に値する完全食品・卵の効用
おおいに注目に値する完全食品・卵の効用
日本初の実測地図『大日本沿海輿地図』を作製した伊能忠敬は健康法として「卵湯」というものを飲んでいた。せきが止まらなくなったときに、大変重宝したらしい。残念なことに詳しく文献として残っていないのでつくり方はわからないが、少なくとも56歳のときに歩いて蝦夷地の地図づくりを志した忠敬の健康を支えたのが、この卵湯であったことは間違いない。

コレステロールは問題なし
蝦夷のみならず、日本全国を歩き回って、驚くほど正確な地図を完成させた忠敬である。よほど体力、気力に自信がなければ取り組めるはずがない。そのため、忠敬はことのほか健康に注意を払っていた。とくに力を入れていたのは食餌療法で、鶏卵は薬のように扱っていた。晩年には体力の衰えが原因で慢性気管支炎のような症状になり、せきやタンを訴えているが、それがために滋養強壮効果があるとされた卵をより熱心に取るようになったと思われる。
「我らも前日より大いによろしい。寒・熱もこれなし。咳嗽も鶏卵の効果であろうか、段々と減じ申した」と卵の効き目を手紙に書いているくらいだ。
ところが、忠敬が絶賛した鶏卵は現代ではあまり評価が高くない。値段が安いために軽く見られたり、コレステロールが多く含まれているということで敬遠する人さえいる。卵にとって現代は不運の時代といえよう。
とはいえ、現代でも卵ほど優れた食品は、そう簡単には見つからないのだ。卵はビタミンCを除いて、人間の体が必要とする重要な栄養素をほぼまんべんなく含んでいる完全食品である。栄養の質もきわめて高い。以前にも紹介したが、たんぱく質の質のよさを表わす指標に、プロテインスコアというものがあり、卵のそれは100である。まさに満点の優れたたんぱく質を含んでいるのである。
とくに、白身にはグロブリンとアルブミンという免疫の働きをよくするたんぱく質が多量に含まれており、実際、食べると元気になる。また、卵のたんぱく質を構成している各種アミノ酸のバランスがよいため、効率よく吸収され、脳の血管の栄養にもなる。歳を取った人の血管をしなやかにして脳梗塞を防ぎ、痴呆症も予防するわけだ。
ただ、卵がいくら優れた食品でも、コレステロールのことがやはり気になる。実際のところどうなのか?
たしかに、卵にはコレステロールがたくさん含まれている。しかし、心配するほどのことはない。これまでの数々の研究から、卵を毎日4個食べても、体質的に問題がある人を除いて、血液中のコレステロールは変化しないことがわかっている。それどころか、卵に含まれるレシチンという成分が、血液中の余分なコレステロールを取り除いて、血管を掃除してくれる。これはぜひ知っておいていただきたい点である。

鬼平も飲んだ卵酒
さて、冒頭では伊能忠敬に注目したが、もちろん彼にかぎらず江戸庶民もしばしば卵を薬として使っていた。よく知られているのが「卵酒」。こちらのほうはつくり方が伝わっている。

佐嶋が去ったあとで、平蔵が久江に、
「これ、女房どの。卵酒をこしらえてくれぬか」
と、いった。
「ま、お風邪でも召しましたか?」
「ああ、召した、召した」
(池波止太郎著『鬼平犯科帳・密告』より)

ご存じ江戸幕府火付盗賊改、鬼の平蔵こと、長谷川平蔵も風邪には弱かった。そこで、女房の久江に卵酒をつくってもらう。そのつくり方を池波氏はこう記している。
「小鍋へ卵を割り込み、酒と少量の砂糖を加え、ゆるゆるとかきまぜ、熱くなったところで椀へもり、これに生姜の絞り汁を落とす。これが平蔵好みの卵酒であった」
江戸時代から卵酒は風邪の特効薬としてよく用いられていた。実際、風邪の引き始めに熱い卵酒を飲んですぐに寝てしまうと、汗をかいて翌日には風邪が抜けていく。効果は試していただくとよくわかる。
現代に伝わる方法としては3つあり、1つは、日本酒に砂糖少量を加えたものを沸騰させ、そこへ卵黄を少しずつ加えてかきまぜる方法である。次は、卵黄を先に鍋に入れて弱火にかけ、日本酒と砂糖を少量ずつ加えながら箸で素早くかきまぜる方法だ。また、卵黄ではなく、昔ながらの方法で鶏卵をそのまま入れて飲む方法がある。
ちなみに、飲みやすさの点では、卵白を入れずに卵黄だけを入れたほうがよいが、効果の点を考えるなら、昔ながらの方法で卵黄も卵白も入れるのがベスト。先述したように、風邪を引いているときには白身に含まれる良質のたんぱく質が欠かせないからである。
なお、自身にはグロブリンとアルブミンという免疫の働きをするたんぱく質が含まれていることを紹介したが、このほかにリゾチームという酵素が入っていることも見逃せない。この酵素は細菌を殺したり、炎症を鎮める働きがある。
ついでにいうと、このリゾチームを利用したいのなら、卵酒を沸騰させてはいけない。沸騰させると、リゾチームがだめになるからで、一番いいのは、まずほどよく日本酒を温め、そこに鶏卵を入れてかきまぜて温かいうちに飲む方法である。飲みにくいなら砂糖を少量加えてもよく、鬼平のようにさらに生姜の絞り汁を少々足してもいい。
今年の冬は、卵酒で風邪知らずになりたいものである。

著者
堀田 宗路(医療ジャーナリスト)