ビジネスわかったランド (経営・社長)

医食同源

秋のサンマは血管病の特効薬
秋のサンマは血管病の特効薬
江戸幕府の開祖・徳川家康は、大の魚好きだったといわれている。たとえば、江戸前の新鮮な魚は、たえず江戸城に届けられるように工夫を凝らしていたそうだ。江戸の近海で獲れない魚については、安房・岡本村が納入する役目を授かっていた、という徹底ぶりだった。

脂に含まれる成分が健康をもたらす
その家康が慶長19(1614)年、1週間、上総・東金に滞在したとき、毎日、岡本村の庄屋彦兵衛が「御膳の御肴」を届けた。彦兵衛は届けた魚介類を書き残しており、大ダイ、スズキ、ボラ、黒ダイ、ハタ、トビウオ、ブリなど全部で27種類にものぼっている。
ところが、こうした家康の食に関する記録をいくら探しても出てこない魚がある。それがサンマだ。いまでこそ人気のサンマも、江戸時代には身分の高い人たちには見たことも聞いたこともない魚、つまり下魚だったのである。
江戸時代にサンマの人気が低かったのは、脂があまりにも多かったからだ(その辺りの事情については落語の『目黒のサンマ』が伝えている)。ところが、いまでは逆に脂に注目が集まるようになった。脂のおかげで健康食品に変わったわけだ。
サンマなど背の青い魚の脂には、EPA(エイコサペンタエン酸)という脂肪酸の一種が豊富に含まれており、これが健康によいとされているのである。
EPAは、動脈硬化の原因となる血液中のコレステロールや中性脂肪を減らす、血栓ができるのを防いで心筋梗塞、脳梗塞を予防するなど、血管の病気に効果のあることがわかっている。現在、長寿のカギは心筋梗塞と脳梗塞を克服することだが、そんな時代にサンマは理想的な食品といえるだろう。
実際、日本のWHOセンターは、世界の55か所を調べた結果、日本人が世界一の長寿を誇っている理由として、魚をよく食べ血液中にEPAが多いことを挙げている。日本人はとりわけサンマを好んで食べるという調査もある。日本人の長寿はサンマによって支えられているといってよいのかもしれない。
ちなみに、サンマが一番おいしいのは、やはり脂の乗っている秋である。とくに産卵期までで、それを過ぎると脂が落ちて、味もいま一つになる。サンマの脂の乗り具合は、口の先で見る。口が黄色い色をしていれば脂がよく乗っていることを覚えておくとよいだろう。

タマネギにも血栓を防ぐ作用あり
実をいうと、血栓ができなければ、動脈硬化はそれほど怖くはない。固まった血が、動脈硬化で細くなった血管に詰まるから心筋梗塞や脳梗塞などの病気が起きるわけで、EPAの人気がにわかに高まってきたのも、EPAには血液の成分である血小板の凝集(固まること)を防いで、血栓をできにくくする作用があるからなのである。
当初、こうした優れた働きをもっているのは、EPAが豊富な魚のような食品だけと思われていた。ところが最近、私たちが身近に食べている野菜にもそうした働きを強くもつものがあることがわかってきた。その代表選手がタマネギである。
タマネギは由緒ある食品だ。古代エジプトでは、きわめて重要な植物だとされていた。エジプト人はタマネギの皮が何枚にも重なっていることから、この植物を永遠のシンボルとみなし、悪霊を退治して多くの病気を防ぐ力があると考えたのである。古代都市テーべで発見された古文書にも、タマネギ(それとニンニク)は心臓病、頭痛、寄生虫など、いろいろな病気に効くと書かれている。
そうした考え方はヨーロッパにも伝わり、古代ローマの有名な歴史家プリニウスは、著書のなかでタマネギは28種類の病気に効くと記している。さらに、ヨーロッパでは伝染病の予防薬としてもよく用いられていた。
しかし、その後、医学の発達とともにタマネギのそうした効能はすべて迷信とされるようになってしまった。タマネギが病気に効くなどということはあり得ないというのが、近代医学の考え方になったのだ。タマネギを薬と見なすような人も、ほとんどいなくなった。
ところが、1960年代に転機となる事件が起こる。
イギリスの医師メノンが、フランス人の患者からフランスの農村では馬の脚に血栓ができると、飼葉にタマネギを混ぜて食べさせ、治療をしていることを聞いた。馬に効くのなら人間にも効果があるのではないかと考えたメノンは、さっそく実験を試みる。人間にタマネギを食べてもらい、血栓を防ぐ働きがあるかを調べてみたのだった。
すると、血小板の凝集を抑える顕著な作用があり、心筋梗塞や脳梗塞を予防する働きがタマネギにあることが証明された。このことは、世界的に権威のある英国の医学雑誌『ランセット』にも報告された。
タマネギを切ると、独特の刺激臭がある。イオウ化合物の一種である硫化アリルによるもので、この硫化アリルにそうした働きがある。また、タマネギに含まれるイオウ化合物は硫化アリルのほかに何種類もあり、なかでもジサルファイド類には中性脂肪値やコレステロール値を低下させる働きがあることもわかってきた。この成分は血糖値を下げて糖尿病を防ぐ作用があることでも注目されている。
そのほか、タマネギには不眠、便秘、疲れ目などにも効果があるといわれている。やはりタマネギには、古代エジプト人が考えていたような不思議な力が秘められているのかもしれない。
サンマとタマネギ。妙な組み合わせだが、この2つの食品がもつ威力を、ぜひ料理で試していただきたい。

著者
堀田 宗路(医療ジャーナリスト)