ビジネスわかったランド (経営・社長)

医食同源

不用と思われた食品にも健康をもたらす効果あり
不用と思われた食品にも健康をもたらす効果あり
江戸時代、人の行き来の盛んな街道筋には、トコロテンを売り物にする茶店がたくさんあった。なかでも有名だったのが、東海道の水口、石部両宿の間にあった近江・夏見(現在の滋賀県甲西町)で売っていたトコロテンだ。水口ではドジョウ汁、石部は菜飯田楽が名物で、それらに混じって夏見のトコロテンが人気を博していたのは、ちょっとした工夫が施されていたからである。
山から筧で水を引きトコロテンを冷す。ここまではよくあることだが、そこにカラクリを仕掛け、人形を踊らせていた。夏の暑い日には、多くの旅人が涼しげなカラクリ人形に目を止め、吸い込まれるように店に入ったという。一時の涼だけでなく、目も楽しませていたのだ。
ちなみに、「心太」と書いて、なぜ「ところてん」と読ませるのか。実は、もっと昔はそのまま「こころぶと」と読んでいた。トコロテンの材料はテングサという海藻だ。これを煮出してトコロテンを採り出す。テングサを煮ると“凝(こご)るもの”が採れ、転じて「こころぶと」になったわけだ。それが、「こころてい」になり、さらに転じて「トコロテン」と呼ぶようになったと説明されている。
一方、カンテンは江戸期、伏見の宿屋が戸外に捨てたトコロテンが寒気で凍結し、それを煮直してできたと伝わっている。寒さで凍ってできたトコロテンなので、寒天となったらしい。

カンテンで脳卒中の死亡率が半減した
さて、トコロテンとカンテンの効用である。「冷たいご馳走」としてトコロテンやカンテンを食べる人はほとんどいないだろう。昔のように、一般的な間食ではなくなってしまった。しかし、いまは別の意味で注目され人気が高まりつつある。最大の要因は、それらはほぼエネルギーがゼロ、ほとんどが食物繊維であるという点だ。たとえば、カンテンの食物繊維含有量はレタスの約100倍。カンテンやトコロテンを少し食べるだけで、食物繊維が効率よく取れることになる。
食物繊維が、肥満解消にいいことは前項で述べた。しかし、それだけではなく動脈硬化を防いだり、血圧を下げるのに役立つことも知られている。そうした点に着目し、長野県茅野市ではカンテンを食べる運動が繰り広げられた。実際、高い効果を得ることに成功している。
かつて長野県は脳卒中の多発地帯で、全国平均をはるかに上回る第2位だった(1位は秋田県)。なかでも、死亡率の高いのが茅野市。実は、カンテンは茅野市の地場産業だった。減塩運動を繰り広げると同時に、カンテンの摂取についても見直した。そうした努力が実り、運動を始めて数年で、人口10万人に対して300人だった脳卒中による死亡者が約150人と半減、いまでは全国平均レベルにまで下がっている。
健康のためにも、こうした昔ながらの食品をもっと見直してみる必要があるだろう。

パンの焦げが大いに健康に貢献
それにしても、これだけの効果をもちながら、食物繊維が単なるカス、何の役にも立たないものとされてきたのは不思議なかぎりだ。世の中には、そうそう役に立たないものなどない。同様に、従来は役に立たないと思われていたのに、意外な作用がわかってきたものを、もう1つ紹介しておく。メラノイジンという物質である。
メラノイジンは、天然に存在するものではない。メイラード反応によって生じてくる、二次的な物質だ。トーストを焼いたりコーヒーを焙煎したりすると、香ばしい香りとともに表面が茶色に変色するが、この香ばしく焦げることをメイラード反応(褐変)と呼ぶ。それによって生じた褐色の色素が、メラノイジンである。アミノ化合物(たんぱく質やアミノ酸など)とカルボニル化合物(主に糖類)に熱を加えると、メイラード反応がすみやかに起こり、メラノイジンができてくる。
従来、メラノイジンは料理のときにできるカスのような存在で、これといった価値はないとされていた。栄養もなく、食べてもそのまま体を素通りして出ていってしまうと考えられており、吸収されずにそのまま排泄されてしまうという点は、食物繊維とよく似ている。
しかし、食物繊維は吸収されないことが逆に、数々の有用な働きをもたらすことがわかっている。コレステロールや糖質の吸収阻害、有害物質の排出などであるが、実は料理のカスであるメラノイジンにも、これと同様の働きがあることが実験で確かめられているのだ。
また、食物繊維には腸内にすむ乳酸菌などの善玉菌を増やすことが知られるようになっているが、メラノイジンにも同じ働きがあった。動物実験では、メラノイジンを混ぜたエサで飼育したラットの腸内の乳酸菌が、数十倍に増えているのが確認された。こうした乳酸菌にもガンを防いだり、免疫を高めたり、便秘を予防するなど数々の有用な働きが認められている。
ただ、1つだけ食物繊維にはない有能な働きがメラノイジンにはある。成人病の大元とされる活性酸素を無害にする作用(抗酸化作用)をもつことである。その意味では、メラノイジンは食物繊維より優れているといえるかもしれない。
メラノイジンは火を使って料理をすれば、自然にできてくる。まさに、料理の神様が私たちに平等に与えてくれた恩恵のようなものだろう。世はまさにリサイクルブームだ。脇に置かれたもの、無用と考えられたものから価値を見出す。メラノイジン、トコロテン、カンテンはその代表例だが、健康のためにも、食物の本質を見極める姿勢が大切かもしれない。

著者
堀田 宗路(医療ジャーナリスト)