ビジネスわかったランド (経営・社長)

医食同源

丈夫な歯でよく噛めば病気知らずの体に変身
丈夫な歯でよく噛めば病気知らずの体に変身
今回は、食事と関係の深い歯の健康について。
仏像のなかには、手に楊枝を持っているものがある。たとえば、千手観音の左第一七手には木の枝があるが、それが楊枝なのだ。いまと違って、昔は小指ほどの太さの木の枝を、その一端を尖らせて、楊枝として用いていた。尖った部分で歯の間にたまった残りかすをかき落とし、うがいをする。木のなかには噛みしめているとよい香りのする香木もあり、口臭を消すのにも役立った。
江戸時代になると、房楊枝が流行した。これは日本独特のもので、柳の小枝の一端を細かく打ち砕いて、ちょうどハケのような形にして、この部分で歯を磨く。ここまでくると、現代の歯ブラシに近い。
面白いことに、この房楊枝を売る店の屋号はほとんどが「猿家」と称した。店の看板には、猿が大小の刀を差し、袴をはき、楊枝を持っている人形が使われていた。猿の歯は白い。だから、うちの店の房楊枝を使えば猿のように歯が白くなる、というわけなのだ。

意外に大切な歯がもつ歯ざわり
そもそも人はなぜ歯を磨くのか。もちろん、エチケットのためもあるだろうが、最大の理由は歯を失わないためだ。
野生動物では、歯が使えなくなったら、それは死を意味する。食物をよく噛んで体内に摂取し、栄養として体に吸収することができなくなるため、体が衰えてしまうからである。
人間には入れ歯がある、という人もいるだろう。しかし、入れ歯は本当の歯ほど優れたものではない。本当の咀嚼力を100とすると、総入れ歯のそれは26にすぎないという。これは明らかに人間が生きていくうえでハンディキャップになる。60歳前後で亡くなった人を調べると、90%以上がほとんど歯のない人だったというスウェーデンのデータもあるほどだ。
それに、本物の歯のもつ歯ざわりも大切だ。歯ざわりとは、ものを噛むときに感じる、複雑で微妙な感覚のこと。歯と顎を結びつけているのは繊維質でできている歯根膜と呼ばれるものだが、これを通して伝わる感覚が歯ざわりの元になっている。
歯根膜は口の中の感触を察知し、それを脳に伝え、また脳からの指令を受ける。噛み具合をコントロールしたり、食物の中に異物が侵入していないかのチェックも、歯ざわりがしてくれる。
歯ざわりは脳への重要な刺激となり、ボケ予防にもなっている。実際、歯を抜いた途端にボケが進行する例もあるという。老化して、どんなに歯がボロボロになっても、歯がある限り、歯根膜は健在である。
だから歯を大切にしよう。そのためには、いうまでもなく歯をよく磨くことだ。
歯にはいろいろな磨き方があるが、大切なのは歯を一本一本ていねいに磨くこと。強く押しつけて磨く人がいるが、これはあまり効果がない。大きく振動させると、歯肉を傷めることにもなる。ゆっくり、ていねいに時間をかけて磨けば、歯は確実にきれいになる。

噛めば唾液が…見逃せないその効果
もう一つ、よく噛んで食べることも忘れてはいけない。
縄文人の下顎の骨(下顎骨)と、現代人のそれとを比較すると愕然とする。なよなよとした現代人の下顎骨に対して、古代人のそれはたくましく、しっかりとしている。虫歯もなければ歯周炎もない。縄文時代に飼われていた柴犬と、現代の柴犬の下顎骨を比較しても同様の結果が出ている。
これはどうしたわけか。
現代人も現代の犬たちもよく噛まずに食べるようになったからだ。昔は硬い食品がたくさんあったので、人も犬もよく噛まなければ食べられなかった。よく噛んで食べると下顎がしっかりする。また、口の中がきれいになり、歯垢が歯に付着するのを防いで、虫歯や歯周炎になりにくかった。
現代人の咀嚼回数がいかに少ないかが、最近の研究で具体的にわかってきている。
神奈川歯科大学の研究グループが、卑弥呼(弥生時代)、源頼朝(鎌倉時代)、徳川家康(江戸時代)、第二次世界大戦前のそれぞれの食事を復元し、その咀嚼回数と現代の子どもたちのそれとを比較してみた。すると、一番よく噛んでいたのが卑弥呼の時代で噛んだ回数は3990回、食事時間は51分。2位は源頼朝の時代で2654回、29分。そのあとは徳川家康、戦前と続く。現代の子どもたちは620回、11分で、極端に回数も時間も短く、卑弥呼の6分の1、戦前の半分だった。
現代にはハンバーグやカレーなど、よく噛まずに食べられる食品が氾濫しているので、噛む回数が減るのも当然、と反論する人もいるだろう。しかし、いま述べてきたように、よく噛まないと損をする。さらに唾液の効果も見逃せない。
咀嚼回数が多くなると、唾液がたくさん出る。この唾液に私たちの体に有効な働きをする成分がたくさん含まれている。
たとえば、ムチンという成分は食品を飲みこみやすくする以外に、食品の刺激を抑えて、胃の負担を軽くする。アミラーゼはでんぷんを分解する。ガスチンは味覚を敏感にし、食事をおいしくする。リゾチーム、ラクトフェリンなどは侵入してきた細菌をやっつける。
とくにラクトフェリンには、胃潰瘍を引き起こす原因菌とされるピロリ菌を封じる作用があることが最近わかってきた。さらにC型肝炎ウイルスを退治する働きがあることも実験的に確かめられている。
EGF(表皮成長因子)と呼ばれるホルモンは、細胞分裂を促進する。よく噛んで食べるとEGFがたくさん分泌されるので、新陳代謝が活発になり、体が若返るのだ。また、唾液はガン予防にもつながる。唾液に多く含まれるペルオキシダーゼという酵素の威力はすごく、試験管の中の発ガン物質にこの成分を垂らすと、たちまちその毒性が消えてしまうという。
「鶴亀の齢願わばツルツルと飲まずカメ、カメよカメカメ」。昔の人はうまいことをいったものである。

著者
堀田 宗路(医療ジャーナリスト)