ビジネスわかったランド (経営・社長)

事業承継と相続対策

代表権は返上するが人事権などはもっておきたい
 人事権を譲らなければ後継者は育たない。

先代としては、後継者が「未熟」「頼りない」といった不安もあって全権を渡したくないのだろうが、これは絶対やってはいけない。事業を渡すことは「城の明け渡し」にほかならず、渡すなら全部渡さないと譲られたほうが苦労する。事業承継のバトンを渡す側に一番求められるのは“勇気”。代表権を返上して後継者に譲ると決めたなら、「もう大丈夫だ!」と思い切ることが何より大事である。

<< 「子不幸を残すな」 >>

「人事権をもっていたい」というのは、社内への影響力をもち続けていたいという欲にほかならない。気持ちは重々わかるが、それは「子不幸」のもとになるからおやめなさい、と申し上げたい。
「子不幸」というのは、老舗的な商家が「家訓」として言い伝えてきた言葉のなかにも出てくる。「子不幸を残すな」というもので、要するに借金などの“負の遺産”を次の代に渡すなという教えだ。人事権を先代が固守するというのは子不幸の最たるものだと私は思う。
後継者が「自分の会社になった」と実感できるのは、自分が採用した社員が全体の八割、九割になってから。先代に仕えた人がほとんどいなくなって初めて「自分の会社」という実感が心の底から湧いてくるのだ。それほどに、人事権というのは経営者にとって大きい。
自分が採用して人をそろえていく。これこそが自分の時代を作るための第一歩となる。大手以上に中小企業では、「この社長に私は採用してもらった」という思いが社員に強くある。だから、人事権を先代がもったままだと、社員は先代の顔ばかり見てうまくいかない。下手をすると後継者は鬱になる。

<< 全権を譲り先代は起業を >>

私は、父親が52歳で急逝したのにともない、23歳で父の興した会社を引き継いだ。16年間の会社経営の経験と、その後取得した中小企業診断士など各種資格をもとにコンサルタント活動を行なっているが、事業承継に関しては、人事権を早めに渡すようアドバイスしている。むしろ、後継者が社長になる前に採用面接に立ち合わせ、「若社長に採用してもらった」と社員が思う状況作りに早くとりかかることを勧めているくらいだ。
経営の一番肝心なところを握っておきたいという気持ちはわかるが、それは子不幸のもとになる。「会社はおれのものだ」というオーナーシップの強い創業経営者の方も、さすがに「子不幸」という言葉にはギクッとされるのではないだろうか。
人事権を渡すと自分の仕事がなくなり、社員が寄り付かなくなって寂しい。仕事がなくなって盆栽いじりをするようになったらボケるのではないかと心配にもなる。そんなことをおっしゃる社長には、独立した事業を興すことを勧めたい。経営のベテランがやれば起業も失敗する確率はきわめて低い。
実際、人事権を含めて経営権をそっくり譲って新たな仕事をしている創業社長はいっぱいいる。モノづくりの世界でいえば
“一職人”としての再出発。自分の工場でそれをやると、どうしても経営のことが目について口出ししたくなるので、別なところに小さな工房を構え、一人でトンカンやっている方もいる。

月刊誌「経営者会報」臨時増刊号より
2008年8月末現在の法令等に基づいています。