ビジネスわかったランド (経営・社長)

事業承継と相続対策

後継予定の息子に業績を残させて譲りたい
 後継者にとって実績は二の次。失敗経験こそ重要である。

結論からいえば、「業績を残して」というのは気のまわしすぎで、後継者にとって実績は二の次だろう。会社、従業員、自社製品(サービス)を愛することができる後継者なら、実績などなくても従業員から慕われる社長になれる、と私は思う。
実績を作って従業員の心をつかめといわれる方が多いが、後継者が実績を作るのは口で言うほど簡単ではない。それは、経済学でいう「履歴現象」が会社にもあるからだ。一度根づいた風土・文化はなかなか払拭できない。先代が作った履歴現象に、後継者は大いに悩む。
私の父親は“休まない人間”だった。熱を出そうが腹具合が悪かろうが、会社に行く。そうすると、会社のなかに「休むのは悪」という文化ができる。父の急逝にともなって二代目社長となった私は、「お互い生身の人間なんだから、具合が悪いときは休もうね」という文化を作るのに10年もかかった。父親の代にいた人がいなくならないと企業文化は変わらないからだ。
もう一つ、新しいことをやって成功するというのが難しい。なぜかといえば、経営には経験がすごく大事だから。よくベテランの社長さんは「おれは勘と度胸でやってきたんだ」と言われるが、勘と度胸以外に経営者に何がいるというのか。
勘というのは、これをやったらうまくいく、ダメになるという分別で、それは経験を積まないと身に付かない。とくに、失敗の経験が大切で、こうやるとダメということも、自分でやってみて初めて実感できる。
後継者に何か手柄を立てさせたいということでやらせても、うまくいかない。が、本人にとってはうまくいかないほうがためになる。人間、痛い目に遭わないと本気で学ばないからだ。
失敗して転ぶ。そのときに手を差し伸べるのは親父さんの仕事ではない。そこから立ち上がるのにこういうことが必要だろうと教えるのが仕事であり、手柄を立てさせようなんて、絶対にやってはいけない。父親のアシストで手柄を立てても、周りは「親父の手助けがあったからできた」と理解しているし、息子は少しも嬉しくはない。

<< 社員の心を動かすものは >>

経営者にとって大事なのは、誠実に真摯にやっていくという姿勢を日々、社員に見せていくこと。人の心は、理屈や実績でなく、人の心で動く。だから後継者も、自分の心で社員を動かしていくしかない。
自分の思っていることをざっくばらんに語り、朝一番に出社して若社長がエアコンのスイッチを入れる。そういうことの積み重ねで、「なんか本気でやろうと思ってんだな」と、古株の社員もわかってくれる。
婦人服専門店を経営し、ジャスコに出店していた関係で、岡田卓也社長時代、まだ取締役だった元也現社長と間近で接することができた。当時、幕張の本社では「親父はすごいけれど、息子はちょっと頼りない」というのが大方の評判だったが、元也さんも岡田家の家訓を受け継いでおられ、清廉で質素。アメリカに重要な商談があって出張するときもエコノミーに乗り、日常の移動は社有車やタクシーより電車が主だった。そういう態度を見て社員の評価も、「親父にはかなわないが、息子もなかなかだな」というふうに変わっていった。

月刊誌「経営者会報」臨時増刊号より
2008年8月末現在の法令等に基づいています。