ビジネスわかったランド (営業・販売)
自己啓発と自己制御
スピーチ上手になるには
会議、ミーティング、朝礼などで話をするときに、聞く人の心をつかみ、感心させる秘訣は何であろうか。
その秘訣は、立板に水を流すような能弁が必ずしも話し上手とは限らないこと、たとえたどたどしい話し方であってもそこに事実や真実が語られていれば必ず人の心を打つものだということを知り、それを実行することである。
能弁必ずしも話し上手ならず
立板に水を流すような能弁が、必ずしも話し上手とは限らない。数字を次から次へあげて煙に巻き、有無をいわさぬ結論を出すような話し方は、その時点では一時的に聞く人をとらえても、それは一種の催眠術であって、その効果が薄れると、みんな半信半疑になり、次からはその人の話はあまり聞こうとしなくなるものである。
真実・事実が語られていれば必ず人の心を打つ
反対に訥弁(とつべん)で、たどたどしいようでも、人の心を打つ話し方もある。その訥弁が人の心を打つのは真実が語られているからである。言葉は、所詮“事の端(は)”であって、枝葉にすぎない。人々は言葉だけで騙されてはたまらないと、言葉と事実の一致を求める。説得力とは、言葉より事実・真実である。
読んだことを話すより、自分の見たことを話す
だから、伝聞や、読んだことを話すより、自分の見たこと、確かめたことを話すほうがずっと説得力がある。とくに、自分の体験を語ることほど説得力のあるものはない。
淡々と、しみじみと語るほうが説得力がある
自分で実際にやってみて成功したこと、失敗したことについての話は、文句なしに人々の心をとらえるものである。そこで誇張したり、粉飾したり、自慢話になったりしたのでは、せっかくの体験談も効果を減殺される。むしろ淡々と、しみじみと語るほうがずっと説得力がある。
会議や上司への報告では、話は短く、結論をまず話す
会議やミーティングや上司への報告では、話は短く、結論をまず話し、あと簡単に経過報告をする。みんなが知りたがっているのは、結論や結果なのだから……。それを長々と経過報告すると、自分の努力の宣伝になりやすく、嫌味になる。また、どうなるのかわからずイライラしてくる。
「もっと詳しく話せ」と催促されたらじっくり話せばよい
本当に素晴らしい内容だと、短い経過報告では満足されず、もっと詳しく話せ、と催促される。そこで、腰を据えて、じっくり話せばよいのである。
普段からメモをとる習慣をつけよう
話し上手になる秘訣は、うまく話そうとすることでなく、事実・真実・真意を語ることにある。それこそ人々が最も求めていることなのだから……。
事実には裏付けが必要である。それには、普段から探求心を盛んにし、メモをよく取る習慣をつけるといい。
「大体」とか「おおむね」といった曖昧語は使うな
「大体」とか「おおむね」といった曖昧語は、せっかくの話を駄目にしてしまう。できるだけ、科学の言葉である数字で示すようにすると、いちだんと説得力を増す。
真実を探ろうと努力した話は、非常に興味を引く
また、普通の人なら折り返してしまうところを、「なぜ」「どうして」とさらに一歩深く足を踏み込み、より真実を探ろうと努力した話は、非常に興味を引く。
「よい話を聞かせてもらった」と感謝されるような話は、たいてい、その探究精神が並外れており、なるほど、そうだったのか、といった内容である。普投の心掛けがものをいう、ということである。
同じ現象でも、誰でも知っていることでも、見方、とらえ方、掘下げ方が違うと、こんなに違う話になるのかと、感心されるものである。
「人を見て法を説け」の原理を実践せよ
話の上手な人は、よく聞いてみると、例のあげ方がうまいものである。僧侶はたいてい話がうまいが、これは「人を見て法を説け」という原理をよく知っていて、それを実践しているからである。これは、聞く相手によって、その人向きのたとえ話をせよ、ということである。子供には子供向きの、老人には老人向きの例をあげると、とてもわかりやすくなる。
話の面白みは、脱線にある
頭のよい人の話は、理屈ばかり、骨格ばかりで面白くない。話の面白みは、脱線にある。そこに話す人の人間味が、露呈されるからである。学校時代の先生の話でも、脱線部分ばかりが強く印象に残っているのは、そのためである。
著者
鎌田 勝(総合経営教育研究所所長)
その秘訣は、立板に水を流すような能弁が必ずしも話し上手とは限らないこと、たとえたどたどしい話し方であってもそこに事実や真実が語られていれば必ず人の心を打つものだということを知り、それを実行することである。
能弁必ずしも話し上手ならず
立板に水を流すような能弁が、必ずしも話し上手とは限らない。数字を次から次へあげて煙に巻き、有無をいわさぬ結論を出すような話し方は、その時点では一時的に聞く人をとらえても、それは一種の催眠術であって、その効果が薄れると、みんな半信半疑になり、次からはその人の話はあまり聞こうとしなくなるものである。
真実・事実が語られていれば必ず人の心を打つ
反対に訥弁(とつべん)で、たどたどしいようでも、人の心を打つ話し方もある。その訥弁が人の心を打つのは真実が語られているからである。言葉は、所詮“事の端(は)”であって、枝葉にすぎない。人々は言葉だけで騙されてはたまらないと、言葉と事実の一致を求める。説得力とは、言葉より事実・真実である。
読んだことを話すより、自分の見たことを話す
だから、伝聞や、読んだことを話すより、自分の見たこと、確かめたことを話すほうがずっと説得力がある。とくに、自分の体験を語ることほど説得力のあるものはない。
淡々と、しみじみと語るほうが説得力がある
自分で実際にやってみて成功したこと、失敗したことについての話は、文句なしに人々の心をとらえるものである。そこで誇張したり、粉飾したり、自慢話になったりしたのでは、せっかくの体験談も効果を減殺される。むしろ淡々と、しみじみと語るほうがずっと説得力がある。
会議や上司への報告では、話は短く、結論をまず話す
会議やミーティングや上司への報告では、話は短く、結論をまず話し、あと簡単に経過報告をする。みんなが知りたがっているのは、結論や結果なのだから……。それを長々と経過報告すると、自分の努力の宣伝になりやすく、嫌味になる。また、どうなるのかわからずイライラしてくる。
「もっと詳しく話せ」と催促されたらじっくり話せばよい
本当に素晴らしい内容だと、短い経過報告では満足されず、もっと詳しく話せ、と催促される。そこで、腰を据えて、じっくり話せばよいのである。
普段からメモをとる習慣をつけよう
話し上手になる秘訣は、うまく話そうとすることでなく、事実・真実・真意を語ることにある。それこそ人々が最も求めていることなのだから……。
事実には裏付けが必要である。それには、普段から探求心を盛んにし、メモをよく取る習慣をつけるといい。
「大体」とか「おおむね」といった曖昧語は使うな
「大体」とか「おおむね」といった曖昧語は、せっかくの話を駄目にしてしまう。できるだけ、科学の言葉である数字で示すようにすると、いちだんと説得力を増す。
真実を探ろうと努力した話は、非常に興味を引く
また、普通の人なら折り返してしまうところを、「なぜ」「どうして」とさらに一歩深く足を踏み込み、より真実を探ろうと努力した話は、非常に興味を引く。
「よい話を聞かせてもらった」と感謝されるような話は、たいてい、その探究精神が並外れており、なるほど、そうだったのか、といった内容である。普投の心掛けがものをいう、ということである。
同じ現象でも、誰でも知っていることでも、見方、とらえ方、掘下げ方が違うと、こんなに違う話になるのかと、感心されるものである。
「人を見て法を説け」の原理を実践せよ
話の上手な人は、よく聞いてみると、例のあげ方がうまいものである。僧侶はたいてい話がうまいが、これは「人を見て法を説け」という原理をよく知っていて、それを実践しているからである。これは、聞く相手によって、その人向きのたとえ話をせよ、ということである。子供には子供向きの、老人には老人向きの例をあげると、とてもわかりやすくなる。
話の面白みは、脱線にある
頭のよい人の話は、理屈ばかり、骨格ばかりで面白くない。話の面白みは、脱線にある。そこに話す人の人間味が、露呈されるからである。学校時代の先生の話でも、脱線部分ばかりが強く印象に残っているのは、そのためである。
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鎌田 勝(総合経営教育研究所所長)
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