ビジネスわかったランド (総務・庶務)

担保、保証、債権回収

いざのとき経営者が打つべき債権回収の方法は
得意先倒産といった危急の事態においては、トップが進んで行動を起こすべきである。その具体的な方法は、次のとおり。

<< 詐害行為取消と損害賠償請求 >>

経営者が得意先倒産の報を聞いて真っ先に行なうべきことは何か。まずは、得意先の現状を確認することである。得意先に赴き、そこの社長と直接会うのがベスト。得意先まで行って、商品など財産はどうなっているのか、自分の目で確かめてみるのが肝要である。

社長と直接交渉
その際、得意先の社長と直接会うことが可能ならば、「債権の○割でいいから払ってくれないか」という形で交渉してみるのは、最も有効な債権回収の一つであろう。
これまでの取引の経緯、強制執行までするのは忍びないことなどを述べ、“情”に訴える。頭ごなしに非難するのではなく、相手先の社長を思いやるといった態度が意外と効果を発揮する(倒産期に他の債権者に先駆けて支払いを受ける行為は、法的手続きに入った段階で、管財人に否認される恐れがあるが、そのときは諦めて返せば済むだけのこと。管財人は気づかないか、見逃すケースのほうが多いのである)。

詐害行為なら取消し求める
さて、ここから少し法律的・実務的な話に入っていこう。債権回収に当たって、まず注目して欲しいのは、得意先と社長の財産の状況である。倒産が目前となったとき、債務者は、自己の老後の生活等も考え、できるだけ財産を守ろうとするものである。そのため、不動産を妻や子供名義に変えてみたり、親しい友人に譲ったりするケースがよく見られる。
いくら得意先に対して債権をもっていても、財産の名義となっている第三者に対して債権をもっていない以上、回収はむずかしいと考えるであろう。しかしながら、このような場合、民法は詐害行為取消制度によって、債権者が財産を取得した第三者から債務者のもとへ財産を戻すことを認めている(ただし、財産移転行為の詐害性などいくつかの要件がある)。
また、財産の移転に限らず、債務者が、一部の債権者だけに所有していた不動産への抵当権の設定を認める行為も詐害行為と認定される。たとえ、その一部の債権者が銀行であっても、明らかに詐害行為であるなら、取消しを求めることはできるのである。さらに、営業の売上だけでも守ろうと、関連会社や別会社に営業譲渡して、名義を変えて営業を継続する場合があるが、これも詐害行為として取り消すことが可能である。

財産状況を徹底チェック
では、債務者の財産の状況はどうやって確認するのか。不動産であれば不動産登記簿を、自動車なら陸運局の自動車登録原簿を閲覧することで簡単に確認できる。他にも、移転可能な財産としてはゴルフ会員権、預貯金、書画骨董などがあるが、これらをチェックするのは現実的にはむずかしいであろう。そのため、周辺に話を聞いてみるなどの措置も講じる必要がある。
ところで、どんなに調査しても得意先に財産がないのであれば回収は困難。この場合、得意先以外の別の第三者に請求して、実質的な回収を図ることはできないのであろうか。得意先の代表者は、意外と財産をもっていそうなのに「会社には資金・財産はない」の一点張りといった場合、ただ手をこまねいて見ているしかないのであろうか。

法人格否認で個人財産の差押え
この点、「法人格否認の法理」という法的テクニックがある。会社が破産する場合、代表者も一緒に自己破産を申し立てるのが通常であるが、個人保証がないとか、あるいは破産者というレッテルを貼られるのを嫌がって、申し立てない例もまま見られる。こういうケースで、法人格がまったく形骸に過ぎないとか、法人格を濫用していると評価される場合、その「法人格」を否定して、会社が負う債務を代表者に肩代わりさせることができるのである。
会社の実態が代表者の実質一人会社というのがその典型であるが、「株式会社○○こと代表者△△は、金××円を支払え」と訴えるとよい。勝訴になれば、代表者個人の財産を差し押さえることが可能である。

悪意・重過失で個人財産の差押え
他にも、会社法に基づき、取締役各個人に対する損害賠償を請求する、という方法が考えられる。取締役に「悪意または重過失」があり、損害との間に因果関係が認められることが必要であるが、具体的にはこんな事例があった。
ある食品スーパーが、事実上倒産状態であるにもかかわらず、継続して仕入れを行なった。事実上倒産状態であるから、当然ながら経営陣は代金を支払えないことを承知している。このケースでは、約2,000万円が買掛金未払いとなった。
これに対して納入先は、取締役各個人に「悪意または重過失がある」として、損害賠償を請求した。結果は勝訴。取締役の個人財産を差し押さえることができたのである。
他にも「悪意または重過失」の例として、会社の実態は倒産状態なのに粉飾決算をしてこれを隠し、取引先を騙して取引を継続させたというケースがあった。倒産前の段階であれば、取締役個人に訴訟を起こすことで、かなりのプレッシャーを与えることになる。相手によっては、裁判を嫌って和解金を提示してくるかもしれない。

商号の続用等を突く
さて、先に述べたとおり、倒産会社が別会社をつくり、その別会社名義で営業を継続することもよくあるが、このようなケースでは、先に紹介した詐害行為取消しにとどまらず、直接請求する方法がないわけではない。実は、会社法で、商号を続用した場合と、営業譲渡人(=倒産会社)の債務を引き受ける旨の広告をした場合には、別会社も旧来の債務を負うよう定められているのである。
商号の続用とは、必ずしも商号が完全に一致せずともよく、客観的に同一法人と見誤るような類似の商号を使用しているということであり、屋号も含まれるとされている。また、引受けの広告とは、引き受けるとの明示の文言がなくても、社会通念上、債権者がそう思うであろう表現があれば、これに該当するという判例もある(ただし、以上の責任は2年で時効消滅となる)。

<< 差押えをうまく活用する >>

ところで、得意先に何も財産がないと簡単に諦めていないであろうか。以下、意外な差押えの対象、回収テクニックを紹介しておこう。

差押えの対象チェック
典型的なものは、取引先がもっている各種の売掛金等の請求権を「差押え」という方法で強制執行するというものである。これによって、その取引先や他の債権者よりも先に、売掛金の債務者から回収することが可能になる。
得意先がクレジットカードを利用して売上を上げているような場合なら、クレジット会社に対する得意先の立替金請求権を「債権差押え」するという方法がある。強制執行は、何も不動産などに限っておらず、特許などにも行なえるので、相手が有用なソフトなどをもっているようなら、それを押さえてもよい。他社から入ってくる特許使用料を対象とすることも可能である。
ライフラインを押さえて、相手に揺さぶりをかけるという方法もある。たとえば、相手が所有するビルにはたいてい抵当がついているであろうが、エレベーターは独立した動産で、別になっている可能性が高い。そのとき、エレベーターを差し押さえて運行の停止を示唆し、代金の回収に成功したという例が実際にあった。
あるいは、得意先が契約者、受取人になっている代表者の生命保険の解約返戻金も、差し押さえることが可能である。
こんな手もあった。相手先社長には子供がなく、犬をかわいがっていることがわかった。そこで、ペットを動産執行の対象にしたのである。日本の民法では、動物は動産として扱われる。結果、見事に回収に成功した。目ぼしい資産がなくても、経営者個人が大切にしているものはないか。コレクションを生き甲斐にしているような人もいるから、そこを突くというのは効果の高い方法である。

差押えの手続き
ところで、「差押え」を行なうには、債務者に対する債権の存在を国が証明した「債務名義」というものが必要である。典型的なものは、「被告は、原告に対し金○○円を支払え」という判決で、これは債務者に対して支払いを求める訴訟を裁判所に提起し、勝訴することにより取得する(判決以外にも、裁判上の和解調書、公正証書も債務名義となり得る)。
したがって、得意先の支払いが滞り始めた段階で社長と交渉し、分割返済の約束を取り付け、1回でも支払いを怠った場合、残金を一括して請求することができる旨の公正証書を作成しておくことも有益である(債務名義がない場合は、「仮差押え」という保全手続きを行なうことになるが、詳しくは弁護士にご相談していただきたい)。

<< 倒産を正確に把握する >>

得意先の倒産に直面した社長によくある問題として、「倒産」を正確に把握していない人が多いということが挙げられるであろう。
実は、倒産というのは、私的整理の段階、民事再生・会社更生といった再建型の法的手続き、破産・特別清算といった清算型の法的手続きをひっくるめて表現しているものであって、私的整理の段階であれば債権者として個別の権利行使を制限されることはない。
弁護士が入ったからといって法的手続きだとはいえず、債務整理のお願いの文書が来ただけにすぎないということも、ぜひ知っておいて欲しいと思う。

著者
石井 逸郎(ウエール法律事務所・弁護士)
2007年12月末現在の法令等に基づいています。