ビジネスわかったランド (総務・庶務)

担保、保証、債権回収

相殺をするときの留意点は
 相殺の前提は、「普段から自社の債権と債務の両方を正確につかんでおく」ということである。いざというときには、「買掛金の支払差止め→相殺の実行」が直ちにできるような体制づくりが望まれる。相殺の意思表示は必ず内容証明郵便で行なうことが重要である。

相殺は簡便な決済方法
AがBに対し300万円の買掛金債務を負担し、BもまたAに対し500万円の買掛金債務を負担している場合に、ABがそれぞれの債務を弁済する代わりに、BがAに対して持っている売掛金を差し引き、残金の200万円をAに弁済するほうが簡便で、両者の手間も省くことができる。この差引計算が相殺である。これを図で示すと次のようになる。


担保的機能もある
上の説明では債務を負担する側からとらえたが、逆に債権を持っている側(債権者の立場)から見ると、相殺の効用はその担保的機能にあるということになる。
上の例で、Bが倒産したとすれば、Aに対する500万円は決済されないのに対して、AのBに対する300万円は決済されるという不公平が生じる。しかし、この場合Aが300万円を相殺すればその不公平を回避することができる。つまり、相殺の実質は担保としてとらえることができ、取引先が倒産したとき“てっとり早い”債権回収策として多用されている。

債権者の一方的な意思表示でできる
一般に、売掛金、貸付金、未収入金などの債権と、買掛金、借入金、未払金などの債務では、「相殺しない」との約定(相殺禁止の約定)がない限り相殺することができる。あらかじめ相殺の予約ないし相殺契約を交わしておかなくても、債権者の一方的な意思表示でできる。

自社全体の債権・債務をつかむ
相殺の前提には、自社の債権・債務の状態を的確につかむことがまず必要である。繊維部が取引先に売掛金を持っているのに、機械部が取引先に買掛金を支払うようでは、せっかくの相殺の機能が生かせない。つまり、社内のヨコの連絡を怠るなということである。
そのためには、債権管理部門(審査・法務など)が自社全体の債権・債務を的確に把握できるような社内体制をつくりあげ、いざというときには、その指示によって買掛金の支払差止め→相殺の実行といった手際のよさが望まれる。

相殺通知の方法
相殺の意思表示は口頭でもできるが、将来のトラブルに備えて、必ず内容証明郵便で行なうべきである。
文例は次のとおり。


手形債権を相殺するときの留意点
相殺をするには、双方の債権・債務が相殺適状にあることが必要である。債権・債務が売掛金、買掛金などのように性質が同じであることもその1つだが、双方の債権がともに支払期が到来していることも大切な要件となる。
したがって、自社債権が手形(受取手形)のときは、その支払期日が来るまでは相殺することができない。ただ、商取引基本契書などで、「乙(買主)が支払停止したときや会社更生、民事再生、破産等の申立てをしたときは期限の利益を喪失し、乙は即時に残債務を甲(売主)に支払う」との「期限の利益喪失条項」が盛り込まれていれば、取引先の倒産時に取引先の手形債務(自社の手形債権)について期限の利益を失わせて相殺することができる。

期限の利益とは
期限の利益とは、期限が存在することによって当事者が受ける利益のことである。たとえば、売掛金の支払期日が11月30日と定められた場合、11月30日(期限)が到来すれば売主は買主に対して売掛金を支払うよう請求できるが、これを買主の側から見れば、11月30日が来るまでは支払う必要がないということである。
つまり、この場合の期限の存在は買主(債務者)にとって利益のあることであり、売主(債権者)が勝手に奪うことはできない。
しかし、債務者が支払停止をし、期限が到来するまで請求を猶予することが不当と認められる場合、債務者は期限の利益を主張することができない。これを期限の利益の喪失という。

自社の債務が手形債務のときは
自社の債務が買掛金であれば、自社自らが期限の利益を放棄することにより支払期到来(相殺適状)となり、相殺することができる。また、自社の債務が手形債務であっても、その手形が取引先にあれば相殺できる。しかし、取引先の倒産時には手形のほとんどは金融機関等に割り引かれ、裏書譲渡ずみだから、相殺することはできなくなっている。
その意味でも、取引先の危険状態を知った時点に買掛金の状態であればその状態を続け、支払手形を振り出さずにすめば、倒産時の相殺に役立つことになる。ただ、このような支払いの差止めは慎重に取り扱うべきで、自社の債権保全に専念するあまり、取引先からクレームをつけられぬよう配慮すべきである。

著者
森井 英雄(元横浜国立大学大学院教授)
2012年6月末現在の法令等に基づいています。