ビジネスわかったランド (総務・庶務)

担保、保証、債権回収

商品引揚げの際の注意点は
 取引先が倒産した場合は、まず換金しやすい商品に注目する。自社売り商品がある場合は返品処理により引き揚げることになるが、売買契約の解除に則した処理が必要である。通常、合意解除が多用されるが、取引先の合意を得たうえで書面にまとめ、代表者等の記名捺印をもらうようにする。そして、直ちに商品を自社の占有下に置くことが肝要である。

自社売り商品は返品処理
取引先が倒産したとき、債権者がまず注目するのが商品である。それは、商品が最も手早く換金できるからである。商品の品質・数量・在庫場所などの詳細を十分検討したうえで、その商品のなかからめぼしいものを選択する。
処理方法としては、自社売りの商品があれば、それを返品処理で引き揚げる。返品は、法律上は売買契約の解除なので、契約解除に則した処理が必要である。

商品引揚げは合意解除で
目的商品の引揚げ=占有の移転に際しては、取引先の協力が不可欠となるため、実務上は、倒産先との話合いによる合意解除が最適となる。
法定解除ないし約定解除にせよ、解除権の行使(内容証明郵便による解除通知の発送・到達)により、契約解除の効果として目的商品の所有権は自社に復帰するものの、解除通知の到達から現実の引揚げまでの間に、取引先の変心・抵抗による目的商品の隠匿・転売ないしは引渡拒否の事態が発生することがある。
そこで、契約解除の効果と現実の引渡しとが同時的に生じる合意解除が最も効果的となる。自社売り商品の引揚げは、取引先が倒産したときの“てっとり早い”債権回収策の一つである以上、迅速・的確に行なわれなければならない。そのためには、取引先の全面協力を軸とした引揚げに勝る方法はないからである。

合意解除は必ず書面にする
合意解除は、取引先の代表者を相手とすることが必要である。代表取締役であるにこしたことはないが、倒産時には代表者が不在のことも多い。その場合は、責任ある地位の者、たとえば商品の仕入れ・販売担当の取締役(取締役営業部長)や、使用人であっても商品の仕入れ・販売の権限を持っている営業担当の部長または工場長でもよい。
合意解除を行う条件が整えば、必ず書面(合意解除証書、または返品につき応諾した旨を証する書面)にまとめ、相手の会社名・職名(肩書)を含めた記名捺印をもらう。合意解除証書の文例は次のとおり。


立会人は多いほうが有利
よく、自社サイドだけで赤伝票(取消伝票)を発行し、取引先に対しては何らの手続きをせずそのまま放置し、後日取引先からクレームをつけられることがよくある。また、口頭で合意解除が成立しても、証拠となる書面を作成しなかったために、上と同様のクレームが発生することもある。倒産時にはハンコのないことを理由に捺印を拒む場合もあるが、ハンコがなくても署名(サイン)であれば十分だから、必ず相手のサインをもらうべきである。
また、引揚げに際しては、1名よりも2名というように、できる限り関係者の多人数の立会いがあるほうが将来の“あかし”として有利なことはいうまでもない。

商品は自社の占有下に引き揚げる
返品を受けた商品は、必ず自社の占有下(手元)に引き揚げることである。せっかく返品の話合いがまとまっても、取引先の工場、倉庫、店頭などに預け放しにしておくと、第三者(他の債権者)に差し押さえられたり、取引先が変心して引き渡さないことも起こる。したがって、必ず自社使用の営業倉庫へ自社名義で寄託(物を他人に保管してもらうこと)するか、自社の営業所内に移転すべきである。そのためには、搬出用のトラックなどの事前の手配を手際よくしておくことも必要である。

他社売り商品は買取りか代物弁済で
商品が他社売りの物であれば、その商品を買い取り、その買掛金債務と自社の売掛金債権を相殺する。また、代物弁済で商品を引き取るのも一方法である。いずれにしても、書面を交換すること、商品は自社の占有下に移すことが重要であることは、前述のとおりである。
自社売り商品と他社売り商品の対応の違いをまとめると次表のとおり。


強引な引揚げは禁物
ところで、取引先のすべてが合意解除方式を承諾するとは限らない。そこで、しびれを切らせた債権者が、実力行使の挙に出ることも多い。判例の中にも、こうした実力行使による商品引揚げに触れたものがあるが、強引に商品の引揚げを行なった債権者側企業に対して、損害賠償を命じた判決もある。
倒産事故を経験した営業担当者なら、程度の差こそあれ、引揚げ側に同情的になるだろう。自社に多額の債権があるにもかかわらず、相手が容易に応じないという状況下、上司からの債権回収の至上命令が下れば、公正・衡平の理念は影をひそめ、とにかく“早く”“多く”を優先してしまうものだ。
無担保・無保証ならなおさらである。とくに倒産直前に商品を納入した場合は、元に戻して当然ということになり、また、倒産事故が命取りになりかねない債権者にとっては、なりふりかまっていられないのが実情である。
そこで、やむを得ず伝家の宝刀―強引引揚げに及ぶのだが、法的には、このような行為(自力救済)は禁止されている。「商品引揚げ」といえば、有無をいわせず強引に引き揚げるような感じを受けるが、そうではない。適法に商品を引揚げるためには債務者の同意が必要なのである。

やり方次第では窃盗罪や暴行罪になる
社会の法制度が不整備で、国家の権力、法秩序の発達しない時代には、権利者はその権利の実現のためには自力に頼らざるを得なかったのだが、法制度の整備につれて権利は国家権力によって実現されるようになった。つまり、権利の実現のためには、自力による救済手段をとらずに裁判所に訴えて判決の力を借りよ、ということである。
したがって、取引先が承諾しないのに無理矢理商品を引き揚げると、前述のように、不法行為に基づく損害賠償責任を負わされたり、やり方次第では、窃盗罪、暴行罪、傷害罪などの刑事責任を追及されるおそれもあるので、十分注意すべきである。
いずれにしても、粘り強く説得・交渉することが必要で、どうしても合意解除に至らないときは、目的商品を仮差押えし、とりあえず相手の処分権を奪っておくのも一案である。商品(動産)の売主には動産売買先取特権という担保権があるのだから、仮差押えを契機に、この先取特権を楯に話し合う(事実上の先取特権を行使する)か、差押えのうえ、競売に持ち込む(動産売買先取特権を行使する)ことが必要である。

著者
森井 英雄(元横浜国立大学大学院教授)
2012年6月末現在の法令等に基づいています。