ビジネスわかったランド (総務・庶務)

株主・株式・役員事項

役員個人の責任を追及されるケースとは
 取締役の責任は、民事責任、刑事責任、そして経営責任に分けることができる。会社業務に関連して、役員が個人としてのこのような責任を追及されるケースは少なくない。
取締役が職務上の義務を怠ったことによって会社に損害を与えた場合には、その取締役個人が会社に損害賠償をする責任を負わされる。職務上の義務を怠ったことに故意や重過失が認められる場合は、それによって損害を受けた第三者からも賠償責任を追及されることになる。たとえば、取締役は従業員が安全に働くことができるように配慮する責任があるが、従業員が過労死したり業務災害が起こった場合に、安全配慮を怠った取締役個人は会社からも被害者側からも損害賠償責任を追及されることがある。しかも、会社に対する損害賠償責任は、株主代表訴訟によって株主からも追及されるおそれがある。
また、業務上の不正行為があった場合に、それに関係していた取締役が特別背任罪などで処罰される例は、しばしば見聞するところだ。
さらに、取締役は不正の有無にかかわらず、会社の業績を上げることができなかったときは、経営陣としての能力不足を指摘され、降格や取締役からの解任などの形で経営責任を問われることになる。
このように取締役の職務に関しての責任はとても重く、会社と個人は別だという考え方は、少なくとも取締役の責任に関する限り通用しないと思ったほうがよい。

<< 取締役の責任とは >>

取締役の責任は複雑
取締役であるがゆえに負う責任は、かなり複雑である。まず、次に掲げる「取締役の責任範囲」という図を見ていただきたい。

この図を見ると分かるように、取締役の責任の種類は、次の3つに分類できる。
1.民事責任
2.刑事責任(刑罰規定に抵触した場合。刑法だけでなく、商法その他の法律にも刑罰規定がある)
3.経営責任(けん責や降格、解任の問題)

民事責任には、損害賠償責任と担保責任がある
取締役の民事責任としては、職務を怠って会社や第三者に損害を与えた場合の損害賠償責任と、職務を怠っていない場合でも会社と取締役の利益相反取引について負わされる担保責任とがある。後者は、利益相反取引をした取締役やそれに賛成した取締役が、その取引によって会社に損失を生じた場合にその穴埋めをする責任である。

損害賠償責任には3種類ある
取締役であるがゆえに負担する損害賠償責任は、まず会社法に規定されているものとして、職務上の義務違反を原因とする会社に対する損害賠償責任と、職務上の故意または重過失による義務違反を原因とする第三者に対する損害賠償責任とがある。そして、民法に規定されているものとして、従業員が業務上第三者に損害を与えた場合に、使用者(会社)に代わって監督する立場にあることを理由として取締役に負わされる損害賠償責任がある。

背信行為については厳しく責任を問われる
取締役は、職務上の不正、とくに会社(株主)に対する背信行為については厳しく責任を問われ、取締役会を通じて背信行為を抑止することができなかった取締役にも連帯して損害賠償をする責任が課される。

会社が責任追及しなくても、株主代表訴訟が待っている
取締役の会社に対する責任に関しては、たとえ会社が責任追及を差し控えたとしても、株主代表訴訟(株主が会社のために取締役を相手にして損害賠償請求の訴訟を提起するもの)によって株主から訴えられることがある。また、不当なかばいあいによって取締役の責任追及を差し控えていた取締役も、そのことを理由に株主代表訴訟の対象とされることがあり得る。

<< 取締役の第三者に対する責任 >>

賠償責任を負う3つのケースとは
取締役は、会社以外の第三者に対しても、厳しい責任を負わされている。会社法は、取締役が第三者に対して損害賠償責任を負う場合について、次のように3類型に分けて規定している。
1.取締役が会社に対する職務上の義務を怠ったことに故意や重過失が認められ、それによって第三者に損害を与えたとき
2.株式申込証の用紙、新株引受権証書、新株予約権申込証、社債申込証・新株予約権付社債申込証の用紙、目論見書、貸借対照表・損益計算書・営業報告書・利益金また損失金処分案の重要事項につき虚偽記載をしたとき
3.虚偽の登記、公告をしたとき

取締役会決議に基づく場合は、賛成した取締役全員の連帯責任
また、取締役の会社に対する責任の場合と同様に、これらの責任原因行為が取締役会決議によってなされた場合には、賛成した取締役全員の連帯責任とされる。決議に加わった取締役は、議事録に反対したことが記載されていない限り、賛成したものと推定されて同様に連帯責任を負う。

職務に怠慢であった場合、取締役個人に損害賠償金の支払いを請求できる
したがって、取締役が職務に怠慢であったり、基本的な注意を怠ったために、会社が重大な損害を受けて倒産したという場合は、会社債権者は会社から回収できなくなった債権について、取締役個人に損害賠償金の支払いを請求できることになる。
取締役としては、故意はなかったとか、不注意ではあったが重大な過失とまではいえないなどと反論するほかないことになってしまう。

「個人と会社は別」は通用しない
現実にも、とくに1による取締役の責任が追及されるケースは多く、債権者としては、もはや会社からの支払いは見込めない以上、会社を倒産に至らしめた取締役の責任を追及して、何とか債権回収を図ろうとするのである。
取締役個人と会社とは別個の存在だから、本来なら会社が倒産したからといって、取締役個人が会社債務についてまで責任を負う必要はない。しかし、故意に職務を怠ったり、重大な過失があると、会社の全債務について連帯保証をしているのと同然の結果になってしまうのである。

<< 業務災害についての取締役の責任 >>

会社や取締役は、職場の災害防止に重大な責任を負う
業務災害が発生した場合、会社や取締役の責任は決して軽くはない。したがって、会社や取締役は、職場の災害防止に重大な責任を負うことを認識するとともに、これに積極的に取り組まなければならない。

取締役には従業員に対する「安全配慮義務」がある
会社、そしてその方針を実行する取締役は、使用人を雇い入れて指揮監督下に置き、業務命令によって仕事に従事させている立場にある。したがって、使用人に安全な職場を提供し、安全に就労させる責任がある。これを会社や取締役の使用人に対する「安全配慮義務」という。

取締役が安全配慮義務を尽くしたといえるためには
取締役会で安全配慮について議論し、その結果を個々の取締役が職場に徹底することになるが、会社や取締役が安全配慮義務を尽くしたといえるためには、少なくとも次のような項目について、相応の措置ができていなければならない。
1.業務の危険性と安全対策についての徹底教育
2.安全性を考えた作業工程・作業配置
3.職場の整理整頓
4.過労とならない適正な就労状況の維持
5.使用人の健康管理の徹底

取締役は被災者や第三者に対して損害賠償の責任を負う
安全配慮義務の範囲は、職場の物理的な安全性だけにとどまらない。使用人の過労や病気が原因の業務災害についても注意を求められる。業務災害が発生した場合に、会社側の安全配慮が不十分であったと認定されると、会社と取締役は連帯責任として、被災した使用者や第三者に対する損害賠償の責任を負う。
また、取締役個人の安全配慮不足が忠実義務に違反していたとして、取締役が会社に対して損害を賠償しなければならないケースもある。

<< 粉飾決算による取締役の責任 >>

粉飾決算が横行する理由は
利益がないのにあるかのように取り繕った決算を粉飾決算というが、取締役の責任が発生する代表例ともいえる粉飾決算が横行するのは、次のような理由からである。
1.取引先に会社の評判を落としたくない
2.資金繰り(新規借入など)がむずかしくなるのを避けたい
3.事業の失敗による責任を追及されたくない

粉飾決算は会社のためという錯覚に陥っていることが多い
いくつもの罪が課せられかねない粉飾決算をすると、利益配当まではしなくても、少なくとも余分な税金を支払わなければならない。そうしてまで粉飾をする取締役は、自分の経営責任は棚にあげて、粉飾が会社全体の利益なのだという錯覚に陥っていることが多い。

粉飾が発覚するのは倒産したときだから、損害額は巨額になる
しかも、1度粉飾決算をすると、次の決算期でも前期からの粉飾を引き継ぐうえに、新たな粉飾が上塗りされやすく、粉飾が肥大化していく傾向がある。そして、粉飾が発覚するのは、たいてい会社経営が破綻したときであるから、会社が受けた損害額は巨額にのぼることが多い。

取締役は会社にも第三者にも損害賠償責任を負う
取締役は、その損害について会社に対し賠償責任を負わなければならないし、第三者の損害についても当然損害賠償の責任がある。

計算書類不実記載罪も成立する
また、計算書類不実記載罪も成立する。さらに、粉飾決算をした計算書類を提出して会社の経営実態を偽り、銀行借入などを受けると、詐欺罪が成立することもある。

<< 株主代表訴訟による取締役の責任追及 >>

責任を負っている取締役の責任追及は、身内意識から控えられがち
取締役が会社に対して損害賠償責任を負うような場合には、本来は、会社つまり取締役会がその責任を追及すべきである。しかし、実際には、責任を負っている取締役とその他の取締役との身内意識・連帯意識から、責任追及を控えてしまいがちである。責任追及がなされないと、会社(ひいては株主)の利益が損なわれる。
そこで、会社法は、個々の株主が会社に代わって取締役を訴えて、会社に対する賠償金等を支払うよう請求する制度を認めている。これが株主代表訴訟である。

代表訴訟で責任を追及されるのは、取締役の会社に対する一切の責任
この株主代表訴訟によって追及できる取締役の責任の範囲については、取締役の会社に対する一切の責任と考えてよい。取締役は、そのような一切の責任事項について、株主から株主代表訴訟で責任を追及される可能性がある。

株主代表訴訟は1株でも株式を持っていれば、誰でも提起できる
株主代表訴訟は、6か月前から引き続き1株でも株式を保有する株主であれば、誰でも提起することができ、これを単独株主権と呼ぶ。

株主代表訴訟は13,000円の手数料でできる
株主代表訴訟は、会社に対して支払いをさせるもので、原告となった個々の株主には勝訴しても何の経済的利益も生じない。そのことも考慮して、本来なら請求金額に応じて支払わなければならない訴訟手数料(訴状に貼付する印紙代)については、どんなに巨額の請求であっても、金160万円の請求をする場合と同額の手数料(現行では13,000円)を納めればよいことになっている。

訴訟提起のための資格要件や手数料が軽減されているワケは
このように、訴訟提起のための資格要件や手数料が軽減されているのは、容易に株主代表訴訟を提起できるようにし、それによって、株主の会社・取締役に対する監督機能を強化し、会社運営の適正化を図ることを目的としている。
取締役は、ますますその職務に襟を正して臨み、何事も取締役会で誠実に協議して、衆知を集めることが大切になる。

著者
横山 康博(弁護士)
2010年6月末現在の法令等に基づいています。