ビジネスわかったランド (総務・庶務)

車両、什器備品管理事項

社員が起こした交通事故への対応と示談の心得は
 万一、社員が交通事故を起こしてしまった場合、会社としては被害者の感情を十分に考慮に入れながら、速やかに適切な対処をする必要がある。それを怠ると、後になって、よけいな労力や金銭が必要になったり、会社の信用問題にもなりかねないのである。
社員が交通事故を起こした場合の本人や会社の対応の流れは、次の図のようになる。


<< 事故当事者のすべきことの周知徹底を >>

まず大切なのは、事故を起こしてしまった際に、当事者である社員が何をすればいいのかを、日頃からしっかり教育しておくことである。具体的には、最低限、次のことは履行させるようにしたい。

まずは停車、通報、連絡を
何よりも、交通事故を起こした人には、道路交通法上の措置、報告義務を遵守させ、負傷者を保護させることが第一となる。
そして、直ちに、警察、消防署へ通報し、会社等へ連絡を取るように周知徹底させておかなければならない。

実況見分の立会いで注意すべきこと
交通事故の通報を受けると、警察は直ちに現場に赴いて、実況見分をする。この実況見分で作成される調書が、後日重要な証拠になるので、当事者には、見分に立ち会って、事故状況を説明させるようにしなければならない。
警察官は、事故発生時に現場にいたわけではないので、不明な点については推測で調書を作ってしまいがちだ。そのため、後々、実況見分調書の正確性が、裁判で問題になることも少なくないのである。
そこで、当事者には、記憶が鮮明なうちにしっかり状況を説明し、自分の言い分についても、主張すべき点は主張し、調書に盛り込んでもらうようにする。

当事者自身でも証拠の保全努力を
警察の実況見分と併せて、事故当事者自身にも、証拠の確保、保全に努めさせるようにしたい。具体的には、カメラを持っていたら、現場の状況、ブレーキ痕、車両の破損状況などを撮影する。
また、目撃者の確保にも努めさせる。信号の状況等は、時間がたつと水掛け論になってしまいがちなので、第三者的な目撃者を確保できれば有効である。必要なら、目撃者と話をし、事故状況や目撃状況を確認し、名刺を交換するなどして後日協力を得られるようにしておくべきである。

<< 当事者とともに会社がすべきこと >>

社員から事故の一報を受けたら、会社側としても、時には当事者とともに、時には会社独自にしておかなければならないことがある。

保険会社への連絡は速やかに
任意保険に加入している場合には、事故後、遅滞なく事故発生の事実を保険会社に連絡しなければならない。これが遅れると、保険契約ないしは約款上、連絡が遅滞したことによって支払義務が拡大した分の支払いを、拒否される可能性もあるのだ。
保険会社への連絡は、事故当事者自身にさせてもよいかもしれないが、社用車の場合は、会社の総務担当からのほうが、その後の流れはスムーズになるであろう。

必ず交通事故証明書の取り寄せを
交通事故証明書は、保険を手続きする際などに必要になるので、必ず本人に入手させ、取り寄せておくようにしたい。

被害者に対する見舞い
被害者が負傷した場合には、できるだけ速やかに当事者とともに見舞いに行くべきである。
被害者が不幸にして死亡してしまった場合には、当事者の葬儀参列には被害者感情も考慮して慎重に対処したい。会社や場合によっては保険会社を通して被害者側の意向を確認したうえで、適宜判断すべきであろう。

<< 示談の進め方 >>

上記のような事故直後の処理をした後、いよいよ先方と示談交渉に入る。示談とは、交通事故その他の民事上の紛争を、裁判などの法的手続きによることなく、当事者間の合意によって解決する手続きをいう。

示談の最大のメリットは早期解決
示談のメリットとして最大のものは、裁判に比べて早期に、かつ手間と費用をかけずにできるという点である。早期解決は、事故の双方にとって大きなメリットである。
また、示談は双方が合意、納得のうえで成立するものだから、いったん成立すれば、履行の可能性が高く、感情的なしこりが残りにくいという利点もある。
ただ、逆に、いったん示談が成立すると、予期せぬ後遺症が発生するなどの特殊なケースを除いては、後でそれを覆したり、新たな要求をしたりすることが原則としてできなくなるので、交渉は慎重に進める必要もある。

示談は誰が担当するか
保険制度が相当に整備されているいまは、損害額の査定や示談交渉は、保険会社が代行する場合が多い。しかし、すべてを保険会社に任せっきりというのは、それ自体不誠実であると被害者感情を逆撫でしてしまうこともある。保険会社と連絡を取りつつ、必要なら会社側からも先方に赴いたり、見舞金や弔慰金などを支払ったりする配慮は欠かせない。
反対に、自らですべて交渉する場合、示談(損害賠償)額まで勝手に決めてしまうと、保険会社がその額の支払いに応じない可能性もある。この場合も、保険会社との連絡や報告は密にしておく必要がある。
なお、交通事故の結果、刑事事件に発展しそうな場合には、示談交渉の経過や正否が、刑事裁判に大きな影響を与えるので、弁護士の判断に任せたほうがよいであろう。

相手側の交渉人にも注意
交通事故の場合、被害者自身が交渉の窓口とならず、その親族や遺族、上司、友人・知人などが窓口になることもままある。その際には、窓口となった人の権限と責任の範囲を、しっかり確認しておく必要がある。
また、時には、被害者の上司や友人などと称して、いわゆる示談屋等が交渉してこようとする場合もある。これは、弁護士法違反の問題が生じるし、法外な賠償金を請求されることもある。
このような疑いがある場合には、まずは保険会社や弁護士に相談して対応を検討することである。安易に書面の作成に応じたりすると、とんでもないことにもなりかねない。

示談交渉を切り出すタイミング
示談交渉のタイミングも、その後の交渉の成否を左右するといってよい。
軽微な物損事故や負傷事故の場合には、事故後できるだけ早く交渉を始めたほうがよい。
死亡事故の場合には注意が必要で、四十九日がすむまで待つなど、被害者感情を最優先に考える必要がある。
後遺症が残る可能性のある事故の場合は、後遺症が確定(症状が固定)するまで、損害が確定しないので、交渉がある程度長期化することは避けられない。この場合、保険金の仮払いの手段等がある。
なお、刑事裁判が進行中の場合には、後遺症の確定前に判決が下されてしまうことがあり得るが、この際は、刑事裁判を担当している弁護士の判断をあおぐべきである。

示談の際に必要な条項
いよいよ示談が成立となった際には、次の図表のような書面を取り交わすことになる。なお、ここでは「示談書」としてあるが、それ以外の「和解書」「合意書」「覚書」などという題名でも、効力に違いはない(題名がなくてもよい)。

示談成立の書面には、最低、次の項目を盛り込む。
1.交通事故の特定
示談の対象を明確にするため、交通事故を特定して表示しておく必要がある。具体的には、
・事故当事者
・事故発生日
・事故発生場所
・車両
程度は特定しておくようにしたい。これについては、交通事故証明書をもとに記載するのが正確である。
2.金銭賠償の条項
交通事故では、この条項が主眼となる。損害の細目ごとに分けるのではなく、総額で記載するのが通常だ。
ただし、保険の都合上、物損と人損を区別したり、一括払い分と後遺症等の事情で将来分割して支払う分を区別したりすることはある。
3.清算条項
示談の目的は、交通事故に関わる諸々の問題を、一挙に全面的に解決することにある。そこで、前掲の示談書の例にあるような「本件交通事故に関し、甲・乙間(当事者間)には一切の債権債務関係のないことを確認する」といった清算条項を入れておくことが必要だ。

その他に検討すべき条項
上記以外にも、次のような条項については、示談書に盛り込むかどうか、検討したほうがよい。
1.刑事処罰に関する条項
示談成立の際に、「加害者に対して(重大な)刑事処罰を求めない」「寛大な判決、処分を求める」といった条項を入れることがある。刑事裁判では非常に重要となる。
2.謝罪条項
被害者側はこの条項を強く要求し、加害者側は拒否するということが往々にしてある。謝罪条項を入れることによって問題が全面解決すればよいが、逆に、この条項が一人歩きして問題を長引かせてしまうこともあり得るので、慎重を要する条項である。
3.その他金銭支払い以外の条項
後遺症が残る場合など、金銭支払い以外の方法で被害者の損失をてん補する場合がある。被害者、加害者双方にとってメリットがあれば、入れることを検討してもよいだろう。

著者
榎本 哲也(弁護士)